3月に入ってから2回目のOS再インストールを行った。
今のデスクトップPCは2年くらい前にBTOで買った。それまでは学生の時に自作したデスクトップがあったので、BTOでは必要なパーツだけ買ったので確か6万円くらいしかしなかった気がする。
ただし自分でパーツを組みこむことになるのでサポートは受けられなくなる。どの道サポートは1年くらいで切れるし、どうせわかりきったことを言われるだけなので必要なかった。
一回、パソコンの動作がやたらに重いときがあって、そのときは駄目元で近くのドスパラに行って店員さんに相談に乗ってもらったら解決したことがあった。皆さん、OS再インストール後はマザボのドライバーはすべてインストールしようね。
で、なんでOS再インストールを行ったかというと、スタートアップが壊れてスタートアップ修復でも修正できない問題が発生したから。実はこの症状はこれが初めてじゃなくて今月の初旬辺りにも発生していて、そのときもOS再インストールを行った。WindowsUpdateが15時間くらいかかってその間暇で仕方なかった。
OS入れてるのはBTOのときに買ったSSDなんだけど、これが劣化している気がする。
CドライブはOS入れてるだけなので50GBくらいしかないのにSSDは高かった。今はもうちょっと安くなってるのかな。
今調べたら安物なら余裕で一万円切ってる。しかも容量も増えてる(これはどうでもいいが)。
あとDVDドライブがなんと外付け(USB)なのでこれも組み込みたい。
BTO見積もってたときはいらないと思ってたんだけど、DVDで映画よく見るようになったし、OS再インストールのときに結構めんどくさい。
DVDの読み込みって結構電力食うから、USBじゃ電力が足りないことがある。
もし外付けDVDドライブを買うときがあったら、多少高くても接続ケーブルが2本ついてるやつにしよう。
USBポート2つ使うけど、それでも電力が足りないときがある(これも経年劣化かもしれないが)。ポート1つだけじゃほとんどの場合電力が足りない。
あとそろそろWindows 10が発売されるのでOSも変えたいなぁ。7からのアップデートなら安くなるのかな。そもそもアップデートってどうやるのかな。
再インストールできるようにイメージデータはくれるのかな。多少めんどくさいけどイメージデータで復元ディスク作っておけば再インストールはできる。
また出費が増える・・・。

来月から無職になるわけだけど、ずっと無職でいる訳にはいかない。そのうち転職はする。
そのときに無職期間に何をしていたか必ず聞かれると思うので、そのときに口ごもらないようにしなければいけない。
そもそも何をしていたか記憶に無いというのが一番ダメだと思うので、できるだけブログで書いて記録として残しておこうと思う。
もちろん意味のあることをしたほうがいいと思うが、なにもない日でもできるだけ書こう。という意識。

クォータービュー

去年の夏くらいに戦術シミュレーションゲームもどきを途中まで作った。
そのときは普通の、いわゆるトップビューで作ってたが、唐突にクォータービューの戦術シミュレーションゲームを作りたくなった。
クォータービューで有名なゲームといえば、スーパーマリオRPGやシムシティがある。でもスーパーマリオRPGや最近のシムシティなんかはがっつり3Dだからあんまり好きじゃない。それよりは味のあるドット絵で描かれている方が好き。考えてみると、2Dのドット絵でクォータービューという擬似3D空間を表現するというちょっとすごいことをやっている気がする。
俺はスーパーファミコン世代なのでやっぱりドット絵が好き。こういう人はたくさんいると思うので、ドット絵はほそぼそと生き残っていくと思う。というか生き残って欲しい。
調べてみると、結構クォータービューの作り方を解説しているページがある。
RPGツクールを使ってもやりようによっては作れるみたい。

英語参考書を山ほどこなしたので、参考書の感想を書きまくるよ

この記事見るとやっぱりできるだけ多くの参考書をどんどん読んでいったほうがいいのかと思う。
同じ参考書を何度も読んで惰性で勉強すると身につかないしなんとなくやる気がそがれる。
新しい参考書を買うとせっかく買ったんだしってことでまず読み始める動機につながるし、それがちょうどよくステップアップしている内容の参考書だったら適度に理解でき、適度に新しい知識が増えていく感覚がありモチベーションの維持につながる。
この記事の人は慶応卒ってことでもともとできる人なのか、こんなにたくさんの参考書を、昼休みとか(おそらく通勤時の電車の中とか)だけ?でこなしたっていうのは、すごいというよりうらやましい。
学生のときは勉強するのが仕事とはいうけど、部活があったり友達と遊んだりもほとんどの人はしているわけで、まるっきり勉強だけに費やす人はまれだろう。それでも難関大に入る人だっているのは、その人の才能なのか、どれだけの効率のいい勉強法をしていたのか。
多くの参考書や予備校に通うのだって無料なわけないんだから、やっぱり家柄が裕福というのはかなりのアドバンテージだと思う。そりゃ例外はいるにしても、大多数は親のバックアップがなければ子供は勉強しないし環境的にできない場合もある。
話を戻し、この記事のように俺もできるだけたくさんの参考書を読もうと思う。
この慶応卒の人ですらこんなにたくさんの参考書をやっているわけだから、ことによると俺なんかはもっとたくさんの参考書が必要なくらいだ。
しかし春から晴れて無職の俺にはいかんせん金銭的に苦しいことになると思われる。実家に戻るので家賃や光熱費、食費は浮くようになると思うが、携帯電話料金は今と引き続き自分で払っていくし、ネット回線に掛かる費用(初期敷設、毎月の使用料)、それに免許を持っていないので自動車学校に通うつもりだが、それの費用も自分で出すだろうし、免許とったら車も買わなければならない。田舎なので。
働いていたときに貯めたお金はそこそこあるけど、できればあまり減らしたくない。
諸々の出費は今の貯蓄額の20%以内に収めたい。
再び話を戻し、今までは文法書や英作文の参考書しかかってなかったけど、これからは単語をはじめとする暗記もしないといけないなと思った。
正直暗記は苦手だからしたくないんだけど、そろそろ限界も見えてきたので。
ところで俺は英語を勉強して何がしたいんだろう。特に理由はなく勉強し続けている。
漠然と海外に行きたいとは思っているが、海外で住むのはさすがにハードルが高すぎる。
かといって英語を生かした会社に就職するのは辛い。外資系など英語ができて当たり前な会社で働くというよりは、英語自体が仕事の道具として活かされる仕事ならしてみたい。
通訳や専門書の翻訳なんかになるとこの分野のトップレベルにまでならないといけないだろうけど、そこそこのレベルでもこなせる仕事もあると思う。
俺が今まで働いていて会社だって、本職のプログラマーには逆立ちしたって勝てない技術力でも社内では一応プログラミングができる人材として扱われていたんだから。
もちろん本職というかメインの仕事はプログラミングじゃなくほかにあったんだが、グループ内で使うツールみたいなもんは大体俺が作ってた。
そんな感じである程度英語ができれば本職の一助になるようなシーンがあるかもしれない。
履歴書とかに「TOEIC900点」と書くだけじゃ面接官の気を一時は引くかもしれないが、ぜんぜん関係ない(と思われる)会社だと「やっぱりいらね」となるかもしれないが、自己PRでTOEIC900点を活かした具体的な活用シーンを言って納得させることができれば武器として十分使えると思う。
あと、付加価値として、無職期間に何をしていたかという理由付けにもなりうる(結果が伴っていれば)。
結果が伴っていなければいうに及ばず、しかし真ならばいくらでもアピールの要素になりうる。
相変わらず取り留めのない文章だ。

眠くなったら昼間でも我慢せずに寝るようにしてたら早速昼夜逆転しつつある。やばい。
そして最近英語の勉強をサボっている。
ここのところずっと曇り空でなんとなく外に出るのがめんどくさくてぜんぜん勉強していない。
先週実家に帰ってたんだけど、実家ではネット環境がスマホのテザリングしかないためすぐ上限に達してまともにネットできる環境がなかったので暇なときは英語の参考書を眺めていた。
そのおかげで高校で習うようなレベルの分野までならなんとなくわかるようになった。
しかしいざ英文を読もうとするとまだまだ読めないことが多々ある。
たとえば参考書で仮定法のところに書かれてある例文なら「これは仮定法で書かれているんだな」というのがわかるからいいんだけど、そんなことお構いなしに書かれてある普通の英文を読もうとすると読めない。
Lang-8というサイトで短い英文を書いていた。最近はサボっているが。
投稿する文章が短いのは、あんまり長いのは書けないということももちろんあるが、長いと添削されにくいというのもある。
いくつか英文を書いてみて思ったのは、最初のうちは事実しか書けないということ。
要するに主語がIやTheyなどの代名詞であるということ。
「今日、私は友達と遊びました。私たちは夕飯を食べ、母校へ行きました。彼は~~と言いました。私はびっくりしました。」
みたいな事実の羅列を書くだけでも最初のうちは大変。
確か5,6行の英文を書くのに45分くらい掛かってた。
添削してもらうのは有難いんだけど、どういう理由で訂正してあるのかイマイチわからないときがあって困る。
親切な人はコメントで添削理由を書いてくれるから助かる。
「成川の深めて解ける英文法INPUT」を一通り読み終えて、今は「英文読解入門基本はここだ!」という参考書を読んでいる。
これは「成川の~」に比べるとあんまり親切じゃない、というか基本はある程度わかっている人向けに書かれてあるからいきなりこれを読むのはお勧めしない。
実は俺はこの参考書を前に読もうとしてたんだけど、俺には基本がまだまだ足りないことを痛感させられたので読むのをやめていた。
そして最近また少しずつ読んでいるんだけど、まあ前よりは理解できるようになっていると思う。
これもやっぱり「準動詞の副詞用法」なら「準動詞の副詞用法で書かれてある英文だな」というのがわかるから、英文も読めるんだけど、おそらく普通の英文中で「準動詞の副詞用法」が使われていたらすぐには見抜けずしたがって意味もわからないことだろう。
前に「そのとき読んでいる分野の英文を自分でも書いてみる」と書いたけど、これがなかなか難しい。難しいからこそやる価値があるんだろうけど。
英語も日本語と同じで、一つのことを伝えたいときにはいくつかの表現方法がある。
英語の場合だと、不定詞を使う場合もあれば関係詞を使う場合もあるだろう。そのさじ加減がわからない。(今の段階でそこまで考える必要はないと思うが)
しかし「英文読解入門~」も読めば理解できるので呼んでいると楽しい。
また明日から外いって勉強するようにしようかな。

英単語がわからないから辞書を引きながらとはいえ、簡単な英作文ならできるようになってきた。
英語が少しずつわかってくると、こうやって日本語の文章を書いていても、「これは動詞だな」とか「これは副詞」とか考えるようになった。
それだけならまだいいが、「これは形容詞だから修飾する名詞の前」とか「主語がなくてわかるかな」とか考えるのは我ながら行き過ぎだと思う。正直日本語の文章すら書きづらくなってしまった。
今までは全然気にしなかったのに、一度気にし始めるともうダメ。無駄な脳内推敲を繰り返して一向に進まない。無駄に時間がかかる。
ほとんど誰も見てない文章なんだからいつものように気楽に書くよう修正しよう。

昨日から長期連休に突入したものの、天気が雨でなんとなく出掛けるのが億劫になっている。
どうせなら豪快に降って欲しいもんだ。Youtubeからダウンロードした雨音のmp3を時々聴いているくらいにはわりかし好きなので。
それくらい降ってくれりゃいっそ諦めもつくものの、中途半端に降ったりやんだり、太陽は出てないから寒い。
湿度が高いはずなのに花粉が飛んでいるのか家の中にいてもくしゃみが出る。
家にいるとどうも勉強する気が起きないからYoutubeで笑点ばっかり見てる。ちなみに一番好きなのは三遊亭小遊三。親戚のおじさんにほしい。

今は「成川の深めて解ける!英文法INPUT」という参考書を眺めるように読んでいる。
これは極力暗記をしなくてもいいように、英語を理解することで習得するという思想のもと書かれているだけあって、確かにそのような作りになっているのがわかる。
しかし、それでも最低限覚えなくてはいけないことがある。この参考書にはその最低限のことが山ほど書いてある。
だからといって学生の時していたように覚えたいところを赤字で書いて赤い半透明のシートで隠して無理にでも覚えるという方法はとりたくない。苦手なのはわかってるから。
こういうのは使わないと覚えない、逆に言うと使えば覚えると思う。
ちょっと違うかもしれないけど、小学生の時授業で「算数の問題を作ってみましょう」という問題が出たが、これは算数を理解していないとできない。これと似たようなことだと思う。
あるいは人に教えるにはきちんと理解していないとできないみたいなこと。
これからはそういうスタンスで、その時読んでいる内容に沿った文章を自分で考えて書いていくことに使用。

英語の勉強

今日で今の会社に行くのは実質的に最後。正確に言うと3月末にも一日だけ行く必要があるけど、まあ今日が最後と言って差し支えないだろう。
今日は同じグループのメンバー全員に対して引き継ぎをする以外は特にすることがないかと思っていたんだが、なんだかんだで一日中忙しかった。
それもこれも他の人の予定に合わせるのが大変だったからだ。
俺一人ならただ黙々とこなせばいいだけだが、仕事ってのはそれだけじゃ駄目なのが面倒くさい。
俺には今の会社みたいに一つの部署で百人以上いるところで、いろんな人の顔色を伺いながら、その一挙手一投足に一喜一憂し、それでも報われないことに深い絶望を覚え、悲しみ、そして諦観を味わうのは耐えられなかった。
結局、仕事ができる、できないんじゃないんだよ。
そんなことは全然関係なくて、何もすることがなくても付き合いで残業するような、そんな人が要領よく立ち回っていくんだ。
だからと言ってそういう人を無碍に責めたりはしない。俺にはできない。好きにすればいい。
ただひとつ言えるのは、今俺は非常に清々しい気分だということ。正月の朝に新品のパンツを履いているような、そんな気分。
合言葉は、”Escape from death!”。

そんなわけで明日からしばらく休みなんだが、そういえば管理課の人に「一週間に一回は電話連絡してほしい」みたいなこと言われてたんだった。すっかり忘れてた。
電話しようにも電話番号がわからない。まあ何かあれば向こうから掛けてくるだろう。

昨日、Lang-8というサイトに登録してみた。

Lang-8とは・・・
学習中の言語で日記を書くと、その言語を母国語とする人が添削をしてくれる。また、自分の母国語を学習する人の日記を添削することも出来る。(Wikipedia)

別に日記じゃなくても、何でもいいので文章を書けばそれを見た人から添削してもらえる。
俺は今のところ3つの文章を書いて投稿した。
3つともまあまあいろんな人が添削してくれて大変助かっている。ネイティブに見てもらってることでモチベーションもいくらか上がる。
添削してもらうには自分の文章をより多くの人に診てもらう必要がある。
自分が添削するとLポイントというのがもらえ、Lポイントが高いほど自分の文章が優先的に表示されるらしい。
それからほとんど手当たり次第にフレンド申請をしている。
フレンド申請するときは特に「添削数」が多い人のほうがいいと思う。この意味でもできるだけ添削はしたほうがいい。
この相互に添削させる仕組みを考えだしたのは素直にすごいと思う。そういう仕組を作らなければ、みんながただ文章を投稿するだけで、学習SNSの意味がなくなってしまう。(何の見返りもなく添削する人はいないと思うので)
Wikipediaを見るとLang-8を始めたのは京大教授とのこと。なんとなく日本発だとは思ってたが、なるほど京大教授か。
ちなみに俺のアカウントは↓

http://lang-8.com/1172684

カフカ「変身」

カフカ「変身」(新潮文庫)を読んだ。
結末が結末だけに少しだけ虚無感は覚えたが全体的な感想としては「よくわからない」だった。
まだ「カラマーゾフの兄弟」のほうがテーマがはっきりしているし、そのテーマにそって物語が展開されていくので見応えはあったが、「変身」に関しては初めに「主人公が虫になってしまった」という状況が与えられ、それから目を引くような劇的な展開があるわけでもなく、最後はひっそりとした死で締め括られており、この本を通して伝えたかった作者のテーマが何なのかがイマイチわからなかった。
同じような感想を抱いた他の作品として、ノーベル文学賞の候補にもなった安部公房「砂の女」がある。
これも序盤から主人公が非現実的な状況に遭遇して、それから淡々と時が過ぎていく様子をひたすら書いてあるだけの印象を持ったんだった。
どこかの書評で「砂の圧倒的な描写」だとか「女の妖艶な様子が素晴らしい」だとか、もっともらしく評されていたが、本当にそう感じたのかどうか怪しいもんだ。
「砂の女」がノーベル文学賞候補作にはならず、安部公房がまったくの無名だったとしても同じような感想を抱けるだろうか。
「変身」の解説も一応読んだが、要約すると「内容が曖昧すぎていろいろ解釈がある、作者もそれを容認している」などと書いてあった。
ありがちだなぁと思うのは俺だけだろうかね。評価する自分を評価してもらいたいだけなんじゃないのか?
純文学の読み方ってものがまだよくわかってないだけなのかもしれない。
「カラマーゾフの兄弟」なんかはよく一種の哲学書だみたいに言われてるからそのつもりで読んでいたが、おそらく作者の代弁者であるはずのアリョーシャにまったく共感できなかった。むしろイヴァンのほうに共感を抱いた。
誰か手放しで納得できるような解説してくれないかね。